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1960年10月30日 アルゼンチン国籍 166cm 67kg
1976年、15歳でアルヘンティノスのトップチームで公式戦に初出場する。そのわずか4ヶ月後の1977年2月27日にはアルゼンチン代表に選ばれ対ハンガリー戦に出場した。
日本で開催された第2回ワールドユースでは、W杯不出場の鬱憤を晴らすような活躍でアルゼンチンを優勝に導く。
1981年にアルゼンチンの名門でありマラドーナ自身も熱狂的なサポーターであるボカ・ジュニアーズに移籍。
翌シーズンにはスペインのFCバルセロナ、1984年にはナポリに移籍する。ヨーロッパでもマラドーナのプレーは人々を魅了し、ナポリではサポーターから「ナポリの王」と呼ばれ愛された。
アルゼンチン代表では1986年メキシコワールドカップ、準々決勝イングランド戦において、『神の手』ゴール(ゴールする際に手でボールを叩いていた(反則)にもかかわらず審判がゴールを認めた)や『5人抜きドリブル』はサッカー史上に残るプレーとなり、チームも優勝したことから『マラドーナのための大会』と呼ばれた。
しかし、1990年イタリアワールドカップはマラドーナにとって不幸な大会となった。準決勝でアルゼンチンはイタリアとナポリで対戦、マラドーナの活躍で同点に追いつき、PK戦でアルゼンチンが勝利した。この試合の後マラドーナとナポリサポーターの関係は悪化し翌年セビージャに移籍した。
2006年、ドイツW杯では、アルゼンチン代表のサポーターとして、ユニフォームを頭上で振り回しながら娘と一緒に応援する姿が放送された。
スピード、テクニックの全てが超一流。特にドリブルは、小柄ながら下半身のしっかりした地をはうようなフォームで、ボールを持っているときはどんなにつっかけられようとボールを持ち続けるなど、足に吸い付くという表現がふさわしい。
キックの精度も非常に高く、左足から繰り出すシュートはスピード、タイミング、コースともに絶妙なものだった。
「俺は多くの過ちを犯したが、サッカーでは一度もない」(引退会見にて)
「飛んだ瞬間、目の前が真っ白になって神が僕に手を差し伸べた。あれは神の手によるゴールだ」
「あの5人抜きはイングランドの選手がフェアだったからこそやれた」 |
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